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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)9930号 判決

原告(昭和二九年(ワ)第九九三〇号事件、昭和三〇年(ワ)第一一六一号事件) 株式会社常盤相互銀行

右代表者 静木実

右代理人弁護士 石田寅雄

同 大野弘

右復代理人弁護士 横山隆徳

外三名

被告(昭和三〇年(ワ)第一一六一号事件) 第一電気工業株式会社

右代表者 奏縞一郎

右代理人弁護士 小野寺公兵

被告(昭和三〇年(ワ)第一一六一号事件) 松沢信雄

右代理人弁護士 原秀男

被告(昭和二九年(ワ)第九九三〇号事件) 阿部富雄

主文

原告に対し被告阿部富雄は金八四万二、二二一円、被告第一電気工業株式会社及び被告松沢信雄は各自金七万円並びに右各金員に対する昭和二八年一一月二日から右各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用中、原告と被告阿部富雄との間に生じた分は、同被告の負担とし、原告とその余の被告との間に生じた分は、これを五分し、その四を原告、その一を被告第一電気工業株式会社及び被告松沢信雄の連帯負担とする。

原告のその余の請求は棄却する。

この判決は仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

原告が相互銀行法による銀行業者であるところ、昭和二六年四月一〇日被告阿部を外務員として雇傭し、その際被告会社及び被告松沢が原告に対し、被告阿部が原告の使用人として、将来原告に対して財産上の損害を与えた場合は、被告阿部と連帯し、又被告会社と被告松沢は相互に連帯して、該損害を賠償する旨の身元保証契約を締結したことは当事者間に争いがない。

被告会社は抗弁として、右契約は会社の目的の範囲外の行為であつて、無効であると主張するので、先ずこの点について判断する。凡そ会社の目的内の行為とは、該会社の定款に記載されている目的自体に止まらず、広く右目的を遂行するについて、必要な行為を含むことは当然であるが、その外、該会社が社会的且つ経済的に実在し、その機能を全うするために、必要な行為又はそれが為に、相当とされる行為をも含むものと考えられる。そして、具体的に如何なる行為が、右の範囲に属するものか否かは、右が会社の権利能力の制限に関する事項であることに鑑み、該会社の目的及び機能に照らして、抽象的、且つ客観的に解釈されなければならないものである。これを本件について見るに、成立に争いがない乙第一号証によると、被告会社は、内外線一般の電気工事の施行及び請負並びに電気機械の修理及び賃貸とこれらに附帯する業務を営むことを目的としていることが認められる。従つて、被告会社が原告に対し、前記のような身元保証契約を締結することは、直接その目的と関連を有しないことは明らかである。しかしながら、被告会社と被用者である被告阿部又は使用者である原告銀行との間に、取引上得意先の関係にあるとか、又は被告会社が被告阿部と特殊の関係があるとか、或は、被告会社が原告銀行から金融上の便宜を受けるとかの場合等が考えられるのであるから、被告会社が前記身元保証契約を締結することは、会社の社会的且つ経済的機能から見て、客観的に相当の行為であると云わねばならない。又被告会社は身元保証契約のような、責任額の無限の債務を負担する契約は、会社の存在を危くするものであると述べているが、身元保証契約による身元保証人の責任は契約時に確定しているものではないが、身元保証人は、身元保証に関する法律第五条に規定する範囲内において、その責任を負担するもので無限であるとはいえないし、一般的に考えてかかる契約が会社の存立を危くする行為と云うことはできない。よつて被告会社のこの点に関する主張は採用しない。

次に、被告阿部が原告に与えた損害の有無について考察するに証人船橋重次郎(第一回)の証言によつて、真正に成立したと認める甲第三号証、証人名取千里(第二回)の証言によつて、真正に成立したと認める甲第四号証、証人船橋重次郎(第一、二回)、同名取千里(第一、二回)、同河内智貞の各証言及び弁論の全趣旨を綜合すると、被告阿部は、昭和二七年二月七日頃から昭和二八年一一月頃までの間に、別表記載のとおり、古瀬義貞外二〇名から無尽掛金合計金九三万九、二三〇円を集金し、原告のためにこれを占有保管中、別紙記載の集金の日時頃その都度、これを費消横領し、原告に対し、右と同額の損害を与えたこと並びに被告阿部は、昭和二八年九月頃右損害金のうち、金九万七、〇〇九円(但し、昭和二七年五月頃から昭和二八年五月頃までの間に横領したことによる損害金の一部に充当。)を支払つたことが認められる。

従つて被告阿部は原告に対し右損害金九三万九、二三〇円から既に支払つた金九万七、〇〇九円差引き、金八四万二、二二一円を支払う義務がある。

次に被告会社及び被告松沢が身元保証人として、各負担すべき責任及び額について判断する。

被告会社は、「原告は昭和二七年一二月頃において、被告阿部の前記横領行為の一部が発覚したにもかかわらず、これを被告会社に通知しなかつた。」と主張しているから、先ずこの点について考える。証人峰岸達郎の証言によれば、同人は元原告の使用人として、原告銀行新宿支店に勤務し、当時被告阿部ら外務員の監督をしていた者であるが、昭和二七年一二月頃に、被告阿部の集金率が悪くなつたので、疑惑をいだき、被告阿部に問いただした末、同人が集金した無尽掛金の一部を横領している事実を知つたにもかかわらず、同人が「横領した金員は早急に解決する。」と誓つたので、同人の人格を信頼し、その横領金額についても、深く調査することなく、そのまま同被告に対する集金状況の調査を打切り、被告会社及び被告松沢に右事実を通知しなかつたことが認められる。右峰岸達郎は、原告の使用人であるが、原告のために被告阿部ら外務員を監督する立場にあつたものであるから、右の事実は身元保証に関する法律第三条に規定する「被用者に業務上不適任又は不誠実な事跡があつて、これがために身元保証人の責任を惹起する虞があることを使用者が知つた場合」に該当する。従つて、原告が右事実を被告会社及び被告松沢に通知することなく、且つ前記のように、単に被告阿部の言を信じて、深く調査しなかつたことは、被用者の監督につき重大なる過失があつたものと考えられる。そしてかかる通知義務違反及び重大なる過失は、右原告が被告阿部の横領行為の一部を知つた以後、即ち、昭和二八年一月以降に生じた被告阿部の横領行為にもとずく原告の損害に対し、被告会社及び被告松沢の各負担する賠償責任を免除するに足りるものである。

更に、証人名取千里(第一回)及び同峰岸達郎の各証言によれば、原告が当時その外交員に命じている無尽掛金の集金方法は、被告会社が抗弁として主張しているとおり、外務員は無尽加入者の個人別加入者集金カードによつて集金するのであるが、無尽加入者から入金があると、前記集金カードと加入者の保管している無尽掛金領収通帳とに入金の額及び年月日を記入し、領収印を右通帳に押捺した上、これを加入者に返還し、外務員は右集金カードの記載にもとずき、その日の入金を集金日報に記入し、これに集金した現金をそえて、出納係に納入する仕組になつていることが認められる。従つて、外務員が報告する入金高と現実に集金した金高とが一致しているか否かは、原則として、無尽加入者の保管している前記通帳を照合して見なければ判らないのである。そしてこのような集金方法においても、原告が頻繁に、外務員の集金担当区域の転換、又は調査員による外務員の集金状況の調査や前示通帳の点検等を実施すれば、外務員の不正行為を防止し、或はこれを早期に発見することができたのであるが、前掲証人及び証人船橋重次郎(第一、二回)の各証言によれば、原告は少くとも昭和二七年一二月頃まで何等かかる処置をとらなかつたことが認められる。又甲第四号証及び証人峰岸達郎の証言並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、被告阿部の集金額として原告に報告する金額は、昭和二七年五月頃から漸次減少していること及び掛金延滞者が増加している事実が証められるのであるから、原告においてこの点について注意を払い、調査をすれば、被告阿部の不正行為を早期に発見することができたにもかかわらず、前記認定のとおり原告は昭和二七年一二月頃までこのことに気ずかず、何等の処置をもとらなかつたのである。従つて、原告は被告阿部を外務員として使用するにつき、その監督方法に欠陥があり、且つその監督について過失があつたことは否定できない。よつてこの点に関する被告会社の主張は理由がある。

以上のとおりであるから、被告会社及び被告松沢の各負担する責任は、被告阿部が原告に与えた昭和二七年一二月までの損害金二二万五、六〇〇円から前記被告阿部が弁済した金九万七、〇〇九円を差引き(法定充当金)一二万八、五九一円のうち、前記事情を斟酌すると、金七万円の範囲でこれを認めるのを相当と考える。

従つて原告に対し、被告阿部は金八四万二、二二一円並びに被告会社及び被告松沢は各連帯して、金七万円及び右各金員に対し原告が被告等に催告した日の翌日である昭和二八年一一月二日(この日時は当事者間に争いがない。)から右各完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて原告の本訴請求は、被告等に対し、右の支払を求める限度において理由があるので、これを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項、仮執行の宣言については、同法第一九六条第一項の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 島原清)

〈以下省略〉

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